ちわっ、ヨシです。
院内で僕があと2日で退院だという噂がながれています。それを聞いたママ達は怒っています。
いえいえ、僕がお家に帰ってほしくないって事じゃなく、『僕が退院できる状態にあるのか』という事に疑問をもっているから。なんせ、あの手術からまだ1週間もたっていない。
病院の先生達は様態が安定しているから退院しても大丈夫だって言っている。けれど、体重がまだ2500gに満たない、手術1週間後の、しかも酸素が必要な赤ちゃんを家に連れて帰るという事にママ達は全く賛成できないらしいのです。という事で、両親は先生達に抗議を。
お世話になりっぱなしの先生達には気の毒だけど、我が子の命が係っているので遠慮している場合ではないのです。僕のためなら誰にでも立ち向かっていくママ達を見ていて、僕は心強くなった。お陰で僕の退院の日は四日後に延びた。
院内で僕があと2日で退院だという噂がながれています。それを聞いたママ達は怒っています。
いえいえ、僕がお家に帰ってほしくないって事じゃなく、『僕が退院できる状態にあるのか』という事に疑問をもっているから。なんせ、あの手術からまだ1週間もたっていない。
病院の先生達は様態が安定しているから退院しても大丈夫だって言っている。けれど、体重がまだ2500gに満たない、手術1週間後の、しかも酸素が必要な赤ちゃんを家に連れて帰るという事にママ達は全く賛成できないらしいのです。という事で、両親は先生達に抗議を。
お世話になりっぱなしの先生達には気の毒だけど、我が子の命が係っているので遠慮している場合ではないのです。僕のためなら誰にでも立ち向かっていくママ達を見ていて、僕は心強くなった。お陰で僕の退院の日は四日後に延びた。
ちわっ、ヨシです。午後2時から手術が行われました。心配そうなママとパパがが手術室までお見送りにきてくれた。僕はみの虫のようにおくるみにクルクルと巻かれたまま、『行ってきまーす』と看護婦さんと一緒に手術室へ。看護婦さん曰く、このクルクルが僕を安心させるらしい。
手術後、皆が待っているNICUへ戻ったのは3時間後。全身麻酔や痛み止めなどの薬のため、僕は目覚めていない。手術は辛かった。せめてもの救いは今日経験した痛みなどは僕の記憶からあっという間に消えていくであろうという事だけである。大人になって今日を思い出す事はまずないのだ!っと自分に言い聞かせていると、僕の心は少し安らいだ。
ちわっ、ヨシです。こんな感じで昨日は手術から戻ってきたのですが今日もほぼそのままの状態です。麻酔の眠りからは無事に覚めましたが、とにかくウトウト一日中過してます。しかもこの人口呼吸器が邪魔であまり身動きがとれないのです。人口呼吸器で呼吸数を1分間35にセットされているのですが、なんとか自分でも呼吸ができるようになりました。この調子で頑張ります。
ちわっ、ヨシです。
レントゲン撮影中に、自分で人口呼吸器の管をとってしまいました。元気になった証拠です。てなわけで、人工呼吸器を卒業し、鼻の管カニューラへ。そして、その1時間後にはカニューラ無しでも大丈夫に。...でもやはり自力ではちょっと無理がありました。数時間後(午後3時)にはまたカニューラをぱっかりとはめさせられてしまいました。でも酸素濃度はなんと24%−25%、手術前の45%とは大違い。
そして、今朝のレントゲンには改善された具合の良い肺が写っていた。なにしろあのつぶれかけていた右の肺が40%程も大きくなったというのでビックリ。
手術時から胸部に挿入されていた管も今日やっととってもらい、あとは、ゆっくりと休んで回復に専念するのみの僕です。
レントゲン撮影中に、自分で人口呼吸器の管をとってしまいました。元気になった証拠です。てなわけで、人工呼吸器を卒業し、鼻の管カニューラへ。そして、その1時間後にはカニューラ無しでも大丈夫に。...でもやはり自力ではちょっと無理がありました。数時間後(午後3時)にはまたカニューラをぱっかりとはめさせられてしまいました。でも酸素濃度はなんと24%−25%、手術前の45%とは大違い。
そして、今朝のレントゲンには改善された具合の良い肺が写っていた。なにしろあのつぶれかけていた右の肺が40%程も大きくなったというのでビックリ。
手術時から胸部に挿入されていた管も今日やっととってもらい、あとは、ゆっくりと休んで回復に専念するのみの僕です。



